第二話、『メイドさんノート

 

 

さて、どこから記せばいいことやら、そんなに難しい話ではないと思うのだけれども、そんなに簡単な話でもない。そういう類の文章を僕は今から書こうと思っているのだ。いや、今からじゃない、既に第一節は書き終えている。少し本題から外れた出来事だったので、最初にメモしておいたのだが(だからといってこの出来事が全くもってこの後の話と関係ないというわけではない、書き続けていればいずれそのことについては触れるかもしれないが今の処は置いておくことにしよう、しかしながらあの出来事と出会いは後々重要な意味を持ってくるのだから、記憶が鮮明である最初に記して置いて間違いは無かったであろう)少しオシャレに書きすぎたかもしれない、だって実際のところ、この後の展開は前章のように大人しく話が運んでくれるという保障は無いのだから……それを考慮すれば第一節はやはり、仮に将来この記述に読者が現れる事を予想するのであれば、もう少し本題に近い砕けた内容のものを選択するべきだったかもしれないが、後で触れるけれども、さしあたりこの文章は僕が僕のためだけに記述しているものなので編集的な部分まで考える必要は無のだ。

それに、今の僕に様々な話の流れを一々分析して編集をするという余裕が無い事も事実で実際僕は混乱している。

なぜなら僕は僕の一部であるはずのものをいつの間にか欠いてしまったということに、つい最近気が付いてしまい吐き気冴え覚えているのだ。まるで生きたまま臓器を取り出されてしまったような心境だ。

 

そう、今更隠す事も無いその欠乏こそが僕にとってはメイドさんだったのだ。僕はいつの間にかメイドさん欠乏症を患ってしまっているのだ。しかし、メイドさん欠乏症に成る為にはまずメイドさん依存症に成らなければならない。つまりメイドさんに依存した事が無いものはメイドさんの欠乏に混乱する事も無いのだ。

スキーを知らない人間が、冬になっても山に雪が降らない事を気に病むことは無いのと同じである。

外の路地で水遊びをしている少女の無垢なわめき声が粘着質なメイドさんのあえぎ声のように聞こえる。どうやら僕のメイドさん欠乏症は既に末期に達しているらしい、最近では明けても暮れても頭の中はメイドさん一色だ。

病院に行った方がいいかもしれない、けれどもメイドさん欠乏症の専門医はこの国にどれだけ居るのだろうか?詳しい統計をインターネットで調べてからでも遅くは無いだろうと算段しているうちに子供たちは水遊びに飽きて家に帰ってしまったようだ、最近の子供は発育が良くて性経験の若年化はますます進んでいるらしい。

 

さて、症状が治まっているうちに情況を整理しよう。僕のメイドさん欠乏症はメイドさん依存症の元患者でなければ発症しない高度な病気である事は先ほども説明した通りだ、つまり僕はかつてメイドさん依存症の患者だったという事だ。

メイドさん依存症もメイドさんに依存できる環境にある者だけが患うことのできる特権的な病気である。よって僕は以前、メイドさんに多かれ少なかれ依存できる立場にあったというわけだ。

こうやって整理してみると治療方法の先の見通しも少しだけれど立ってくる。つまり僕の中にはメイドさんに依存していた頃の僕が内在しているのだ、僕の中にあるメイドさん的な部分を上手く集めてパズルのようにくっ付けてゆけば、その欠乏を少しでも埋めていく事が出来るかもしれない。そして僕の中のメイドさんに関わる事を引き出すための手段としてこの文章は書かれている。つまりメイドさん欠乏症の治療のための抗生物質としてこの文章はあらねばならない。

では何処から始めようか、一応ちょっとぐらいは手がかりが残っているのだ。例えば今から書き示す、僕の中のメイドさんとの思い出とか、その間に起こった社会的な出来事の記録。はたまた、今僕の部屋に吊って在るメイド服とか、そういうものとして、今でもちゃんと何割かは僕の近くにそれらしいものが残っている。けれどもやっぱり肝心のエプロンドレスを着た例の生き物の本質はどうやら砂のように僕の手のひらから零れ落ちて何処かに行ってしまったようなのだ。まあ先は長いし、だいいちそれを探すために書き始めたのだから、こんな冒頭で成果が出ないからといって諦めてはならない。

 

そんなわけで、僕は僕の落としてしまったメイドさんの欠片を探す旅に出ることにする。しかし、欠片といわれても……さあ、何処に落としたものやら、落とすというくらいだから、少なくとも僕のズボンのポケットより低い位置のはずだ。そんなふうに推理して、僕はとりあえず家中の床を見渡す。

床には何も落ちていないし、もちろん穴も開いていない。さて、外に落としてしまったのかな?僕は一瞬そう考えたのだけれども、そういえば前にもこんな話を読んだ事が在るという事に気付く。そうさ、家の中だってちゃんと探せば穴ぐらいちゃんとあるのだ。

僕は、自室にある書類整理用のワゴンの鍵を開けた、この件に関しての資料は全てこの中に整理されているのだ。ワゴンの中には何冊もの大学ノートやファイルが並んでいるが僕はその中から、自分に必要な一冊を何の迷いも無く取り出す。このノートは僕が知人から入手したものなので一冊だけデザインが異なる。

 

これは、そのノートの一節である

 

『メイドさんは少しづつだけれど溶け始めている。それを感じ始めたのはあの夏のことだった。
 
その日が仕事から帰宅し、いつものように挨拶代わりに彼女の乳を揉んでみると何やら違和感を感じる。そう、乳の柔らかさが昨日までのそれより数ランクアップしているのだ。
 
けれども僕はそんな重要な異変を「どうせまた揉みすぎで、乳のサイズがアップしただけだろうな」と軽く流してしまい、メイドさんを病院に見せたり、冷凍保存しておくなどの処置を何もしなかった。

そうだよ、夏に生ものを放っておいたらどうなるか解りそうなものなのに僕は何もしないでいた。するとどうだろう、メイドさんは三日も経つと次第にその柔らかさを増し、ついに風呂掃除の際に誤って排水溝から流れ出して何処かに消えてしまったのだ。』


 
なるほど、流石にメイドさんを商売にしている者の書く文章である。メイドさんに内在する神秘性とエロチズムを上手く表現した上で、メイドさんの失踪についていているのだ。

しかし、風呂の排水溝が逃亡の入り口になったというのはいささか考えづらい。まだトイレの配水管を利用したというなら信じないでもないが・・・けれども、現在僕が頼れるのはこのノートとこのノートの作者ぐらいなものであるのは事実らしい。

僕はそう確信すると、上着を羽織って彼の外に出かける事にした、彼ならばもしかしたら僕のメイドさんを取り戻す方法を知っているかもしれないし、それが無理だとしても、また新しいメイドさんの手配ぐらいはしてくれるだろう。

 

家から駅まではバスで15分。そこから彼の事務所の最寄り駅までは30分以上かかる。僕は車内で暇をもてあましても仕方ないと思い、彼の書いたノートを読み返す為、鞄の中から取り出した。ノートは市販されているB5版のもので、一冊180円ほどの少し上質なやつだ。表紙には『メイドさんノート。』と黒いマジックで、でかでかと書かれている。

 

僕は表紙をめくり一ページ目から読み返す事にする。

 

『これは、私が調べたメイドさんに対する諸研究を簡単に纏めたノートである。

 

早速本題に入る。まずメイドさんの起源からだ。皆さんもご存知の通り、メイドさんの元といえる「メイド」という職業が生まれたのは第一次大戦前のイギリスである。

その頃はまだ女性の人件費は非常に安いもので、大屋敷なら何人ものメイドさんを抱えられたし、一般的な家庭にも一人のハウスメイドを雇うぐらいのことができた訳だ。しかしながら大戦が始まると男手は減り、必然的に女性であっても国内における労働者としての価値と賃金は上昇した。その影響から安い賃金が前提となって作り上げられてきたメイドという職業の存在自体が立ち行かなくなってゆき次第にメイドという職業は消滅し、今あるような家政婦などに業種自体がシフトしたと考えられていた。

しかし、最近の研究で明らかになったところでは、メイドという職業が無くなりつつある世界大戦の中で、メイドという職業に愛着を持ち、戦争から逃れたいと思うメイドとその主人の一部が、北大西洋に浮かぶメイドランド諸島に移り住んだという記録が残されていることが発覚したのだ。

そう、メイドランドといえば、現在街でよく見かけるメイドさん達の故郷であり、世界最大のメイドさん輸出国でもある、あのメイドランドである。

一次対戦初期にメイドランド諸島に逃げ込んだメイドと主人たちは、そこで独自のメイド文化を形成るに至った。その一例として、一年中肌寒い気候がメイド服を更に進化させ、一日中薄暗い白夜の季節が、メイドさん達を床上手に仕上げ、その異常なまでの繁殖力を養った。

そして気付けば、決して広くは無いメイドランド諸島はメイドさんで溢れかえり、メイドランドとして本国であるイギリス連合王国からの独立も果たし、加えて増えすぎるメイドさんを狭い島では養いきれないためにメイドさんの輸出も始められたというわけだ。

 

今や、北大西洋のメイドランド諸島には沢山の貨物船が航行し、引っ切り無しにメイドさんを運んでゆく。その様子は列強帝国主義時代の奴隷貿易で賑わうギニア湾の様相を呈していると言っても過言ではない。

しかしながら、貨物船に詰め込まれ輸出されてゆくメイドさん達自身の心には、奴隷として送り出される感傷などはなく、むしろこの航海をメイドに成るための旅立ちと考え、神聖視しているものさえ居る。これは以前の奴隷貿易とメイドさん貿易の最大の相違点といえるだろう。

 

加えて驚くべき事は、ここまで凄まじいペースでメイドランドはメイドさんを輸出しているというのにメイドランドにおいてメイドさんの枯渇が見られないということである。その答えとしては、単なるメイドさん達の繁殖力の強さだけではなく、メイドランドの特殊な相続のシステムに最も大きな原因があると考えられる。

まず、メイドランドにおいてメイドさんと主人は一般的な「メイドさんと主人」という形で家族的な社会を形成している。しかしながらメイドさんは一度輸出されると、そういったメイドランドの共同体から抜け出すことに成り、輸出された国のしきたりに従う事になる。メイドさんの繁殖力が半端で無いため大体の場合、主人や御坊ちゃまの子供を身ごもってしまうが、そうなると日本のような国では最近でこそ男女関係無く子供は大切に育てるのが一般的だが、世界の多くの地域では、まだまだ跡継ぎにならないような女の子供、しかも妾の子を育てようとは思わない地域がいくらでもある。

すると必然的にメイドさんは仕方なく自分の子供(特に以上の理由から女児が多い)と一緒にメイドランドに帰ったり、子供だけメイドランドに引き取ってもらったりする。

こういったケースが多いので、メイドさんが世界に多く輸出されれば輸出されるほど、メイドランドに引き取られるメイドさんの女の子供は増えるためメイドの供給は安定を続け、また多くの地域の主人とメイドさんが交配する事により、メイドさん混血は進み、パターンは増えてゆくのである。』

 

 大きな音に驚き、とっさにノートから電車の窓の外に眼を移す、線路と平行に走る国道でデモが行われているのだ。「メイド教の奴等、またバカやってらぁ。」隣に立っている叔父さんが呟いた。

メイドさんが一般的になり、社会に広がる一方で、まだまだメイドさんというものは謎の多い生き物である事も事実だ。何人もの科学者がメイドさんのその強力な繁殖能力などについ
て調べているが、科学の進歩よりもメイドさん達の胸の発育が早すぎて追いつこうにも追いつけない。


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そういった謎が神秘的だとしてメイドさんを神の化身だと考える人々も当然現れる。彼等はメイドさんの地位の向上を訴えるため各地で頻繁にデモを行っている。彼等の間ではメイドさん、つまり神との合一というものが重要視され、メイドさんの尿を飲んだり、血を輸血するものさえ居るらしい、実際メイドさんの血液を輸血する事でインポテンツから解放された信者も数え切れないぐらい居るそうで、それが奇跡として教団の中で語り継がれてまた新しい事例が次々に現れ伝説が更新されてゆく。

『メイドさんのは着古しのパンツを履く事で、不感症から開放されました。』

『メイドさんの尿を飲んで、便秘解消に成功。』

『メイドさんの愛液に含まれる物質が不妊症に効く。』

『メイドさんの爪の垢をせんじて飲むと胸が大きくなる』ここまでくるともはやメイド教ではなくメイド狂だ。

 

ヒュルルー、ヒュルルー、ロケット花火が国道に四散して車が急ブレーキ、事故こそ免れたものの大渋滞が始まる。白服を着た集団がメイド教の信者たちの襲撃を開始したのだ。白服の集団はある世界をまたにかける巨大な教団の過激派で彼等は自分たちの神を信じないだけならともかく、奇跡まで頻繁に起こしてしまっているメイド教を危険視し(特にメイド教の『性行為は素晴らしい』という教義が禁欲的な彼等の思想と真っ向から対立しているのだ)その信者たちを襲撃しまわっているのだ。

 今や国道は両教団の戦場と化して車が通る隙も無い、最近ではさして珍しいことでもないが、待たされるドライバーの方はたまったもんじゃないだろう。

 

 程なくして電車が目的地に到着する。メイドさんノートの作者の事務所は都内の雑居ビルの一室にあるらしく、僕がメイドさんノートの巻末にあるその事務所の所在地を記した地図を見ながら地下鉄の駅から抜け出すと、そこは商社や問屋が林立している地域のようだ。それらの会社の地上階の正面を飾る自社の取り扱い商品を展示したショーウィンドーには国産のものよりも海外から取り寄せたものの方が多く目につき、様々な商品が美術館のように飾られている。

例えばそれは、アメリカ製のブリキの玩具だったり、西欧で作られたステンドグラス、キューバ製の葉巻もあれば、オーストラリア産のペット用ワラビーやアフリカゾウの象牙、中国産の人間の腎臓に至るまで、本当に様々なものが看板の代わりに並べられ、この光景を眺める分には、それが例え『人身』だとしても例外ではないのかもしれないという錯覚に陥ってしまうほどだ。しかし、実際の問題としてメイドさんの売買という人身売買じみた事が今日の文明社会で本当に行われているのだろうか、いや、それ以前に本家である昔のイギリスで存在したメイドというもの自体、売買される対象ではなく現在とは待遇の差はあるにしろ、れっきとした職業であったはずなのだ。

 

様々な疑問に頭を巡らせているうちに、僕は地図に示されたビルの前に立っている。昔から地理には明るい方なので考え事をしていても、自動で目的地にたどり着けるようになっている、我ながら便利なものだ。

目的地のビルの1階は他のビルと同じようにショーウィンドーが設置されており、中には色鮮やかな樹脂製の人の性器をかたどった製品、いわゆる大人専用の玩具が整然と並べられている。

なるほどこのビルのオーナーは、こういうものを扱っている問屋であるらしい。僕はあまりそれらの事は意識しないようにビルの中に侵入する、狭い廊下を進むと突き当たりにエレベーターがある。案内表を見るに彼の事務所はこの5階にあるらしい。扱っているものに反して、ビルは比較的新しく落ち着いた雰囲気だ。僕はエレベーターのボタンを押す。

エレベーターに乗り込むと僕は自分が緊張している事に気付く、僕自身「メイドさんノート」の作者とはメイドさん関係の友人を通じて何度か対面し、話をしたことがあるのだが、こうして彼の仕事場である事務所に訪れるのは始めてである、中がどうなっているのかは全く想像もつかない。もしかしたら、エレベーターのドアが開いたとたん、沢山のメイドさん達が僕を迎えてくれるかもしれないのだ。それはもう丁寧に。

 

例えばどんな風にと聞かれれば、それはもう決まってる「お帰りなさいませ、ご主人様。」と、全員笑顔で迎えてくれるに違いないのだ。

 

 

続く 

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