六、ウイスキーミストについて

 


 休みの日にホームセンターに訪れると、ある時期を境に面白いものを見かけるようになった。最初の頃それは害虫とか害獣退治用の品物が置いてあるコーナーの脇に、後ろめたさを含みながらこっそりと置かれていたが、そのうちだんだんブームが盛り上がってくると季節用品の隣の特設お勧め品のコーナーを占領するようになり、今では立派な常設の売り場が、どの店にも作られている。

 

 品物はどれも物々しい……例えばさすまたとか、拘束用のワイヤーや、動きを鈍らせるための催涙ガスの詰まったカプセルに、リーチが長めの棒状のスタンガンぐらいならまだしも、殺傷能力は無いもののゴム弾を装填できる空気銃まで売られている。

 

「これも街の美化のためです。ご協力お願いいたします。」

 

街頭演説車がそういった台詞をテープで流しながら走ってゆく。

 

「もう直ぐ22時です。一般の方はこれ以降二時間は安全のため出来るだけ外出は避けてください。」

 

時計の針が22時を回るとサイレンが短く鳴り響きそれが始まる。本日はこの街でそれが行われるのだ。

 

 

アルバイトから帰って、リビングで夜食を食べていると、先ほどから本を読んでいるY君が僕に話しかけてくる。

「ウイスキーミストって知ってるか?」僕はそんなものは知らないと答えた。Y君は歴史が得意だから、どうでもいい事から重大な事まで、いろいろ歴史上起こった事をウンチク交じりに話すのだ。

「なんだ、酒好きのお前でも知らないのか。」

「酒が好きだからって全部解るわけじゃない。恋人の事が好きでも恋人の全てを知ってる人なんて居ないじゃないか。」

「なあ、最近お前、ロマンチックな言い方するな。」

「元々、ロマンチストなんだよ。」

「まあ、いいや。話を戻そう、昔のヨーロッパではそういう現象が起こってたっていう言い伝えがあってな、そこでは伝説によると、時々神様の気まぐれで甘い甘い雨が降るんだ。そうなると昔は甘いものなんて高価だったから、子供らが大喜びで外に出て駆けずり回りながら甘い雨を楽しむんだ。すると当然子供たちは夕方前には甘い雨を飲んでお腹はいっぱいだし、喜んで走り回っていたから、すぐにスヤスヤ、眠りに就いて次の朝までは何があっても起きやしない。その頃には雨も止んでるけれど、それでも外にはまだ甘い雨の霧が立ち込めている。そして子供たちが眠りこんだ後、ここからは大人の時間でな、空気中の野生の酵母菌が甘い雨を食べてアルコールに変えてゆくんだよ、それで太陽が沈みかけて夕日で空がオレンジ色になる時には甘い霧はアルコールの霧に代わって、世界はウイスキーに沈んでるようになる。これがウイスキーミストと呼ばれる現象でね、その後、日が沈むともう街中お祭り騒ぎ、アルコールを吸って気持ちよくなった男女が辺り構わず交わるんだよ。」

「それっておとぎ話だろ。」

「ああ、作り話だろうね、でも実際にウイスキーミストは無かったにしろ、昔のお祭りってものでは多かれ少なかれ乱交は行われていたというし、そういうところから、こういう言い伝えも出来上がったんだと思う。」

「まあ、本当にあったら素敵だろうけど、現代社会はつまらないからね。」

「お二人さん、何の話をしてるんだい?」自室でうとうとしていたO君がいそいそとリビングに現れた。この頃は僕も大学生で、同じサークルの友人二人と、五反田の再開発で取り壊しの決まっていた格安物件の、3LDKのマンションに三人で一緒に暮らしていたのだ、いわゆる流行のルームシェアというやつだ。

 

「文化人類学について、Y君と語り合っていたんだよ。」僕は立ち上がると冷蔵庫からビールのロング缶を出して、三つのグラスに注ぐ。

「また飲むんですか?」「お酒についての文化人類学の話だったんだよ。」僕等は乾杯してビールを胃に注いでゆく。

「さっきバイトから帰る途中で、奴隷狩りを見たよ。」ビールを一気に飲み終えて、安物の輸入ウイスキー(ホワイトホースファインオードだったと思う)を氷と一緒にグラスに注ぐ。

「へえ、この辺は多かったからね、メイドさん。」Y君は日本酒が好きなので、前に先輩から貰った剣菱の一升瓶から酒をコップになみなみと注いでゆく、今日は調子がいいらしい。

「まるで、中世の魔女狩りのような様であったよ。役人やら、警察官やら、会社帰りのサラリーマンやらが、さすまた片手にメイドさんたちを追い立ててるんだよ。本当に酷い話さ。」

「奴隷狩りって、捕まったメイドさんは何処に連れてかれるんだろう?」O君はお酒に弱いから、ビールを一気には飲まずにちびりちびりと楽しんでいる。

「帰りがけにチューハイかなんか買ってくればよかったな?」

「ビールが苦手って訳じゃないんですよ、それに酎ハイは飲みやすくて飲みすぎると気分悪くなるから・・・それより今日は快調な飲みっぷりだねYさん。」

「最近、飲まないとよく眠れないんだよぉ。」Y君は既に酔い始めているようで、言葉の語尾が怪しくなり始めている。

「夜眠れない時に羊を数えるってよく言うけれど、メイドさんを数える方がよく眠れるよ、ただ数えても羊と変わらないから、メイドさんを繁殖させる形でやってみると面白いんだ。「メイドが一匹。」そのメイドさんと自分が交配して増やして。すると「メイドが二匹。」またメイドさんを妊娠させて・・・これを繰り返すと、だいたいメイドさんが「四匹」になる前に熟睡できるよ」

「それなら、飲んだ方が早いな。」Y君は呆れたような顔をして日本酒をまたコップに注いでがぶがぶがぶと飲む。安酒だからもったいなくは無いが、それでもコップ酒は体に毒だ、顔色はただでさえ色白だっていうのに、今では大根よりも青白くなっている。

「そういえば、大崎駅の方に捕まったメイドさんたちの列が続いていたよ。」

「噂だと湾岸の方に運ばれるそうですよ。」

「てことは、臨海線に乗せてゆくのかな?それにしても、もうこの街ではメイド遊びも出来ないのか、残念だ。」氷がウイスキーに溶けて崩れ、カランとグラスが成る。僕はこの音が大好きだ。この音を聞くために生まれてきたと言えたらどんなに素敵か知れない。

 

外でサイレンが鳴り出した。奴隷狩りの終了の合図だ。

 

「終わったみたいだ。もう外に出ても安心だから、ちょっと街に繰り出そうか、明日は全員休みじゃなかったっけ?」僕は残りのウイスキーを飲み干して二人に提案する。

「カラオケでも行きますか。」O君も立ち上がって外出の準備を始める。

「おおっ、出かけるのかぁ。」Y君の意識はだいぶアルコールに侵食され始めている。

 

夜空の下に繰り出すと、街はついさっきまで物々しい行為が行われていたとは思えない程に、いつも通りの繁華街のにぎわいが戻り始め通常通りに夜の街の住人達が街を闊歩し始めている。

それにしても、最近は奴隷狩りが行わなければ成らないほど野良のメイドさんが増えてきているのは確かだ。その一因といえるのがメイドさんの維持費だ。最近はメイドさんの絶対数が増加し、以外に簡単にメイドさんが手に入るようになったが、それとは対照的にてメイドさんを飼い続けるということには想像以上のランニングコストがかかるのだ。

例えばメイドさんだって飯を食えば、服も着るし眠りもする。寝床は主人と同じで構わないから、ベツトを買い足す必要は無いけれど、食費は普通の人間と同じにかかるしメイド服は結構高価なものだ。ならば、メイドさんに家計を助けるため働いてもらえばという発想も当然浮かんでくるけれど、メイドさんには戸籍がないため正社員はおろか、アルバイトやパートとして働くための契約を結ぶ事が出来ないし、それ以前にメイドさんはメイドさんとして作られているのでメイドさんとしての仕事しか出来ないようにプログラムされているのだ。よって、戸籍があったとしても、メイドさんたちはせいぜい家政婦ぐらいしかできない。

何故そんなややこしい事をしたかといえば、安全保障の問題があるからだと聞いている。あまり利口に創りすぎるといつか人間に反旗を翻すかもしれないという不安があるためそういう機能制限をあえて設けているらしい。

他にも製造コストの問題もあって、人間並みの処理をさせるにはかなり高価なメモリを採用しないといけないらしいのだ、人間のエントリーモデルとしての意味合いが強いメイドさんにメーカーもわざわざそこまで高価なパーツを使わないのも当然だ。    

さて、話しが戻るけれども、実はメイドさんに出来る仕事がもう一つだけ存在する。メイドさんの大好きな仕事、つまり夜伽だ。メイドさんは主人のために夜伽をするし、同時に夜伽をすることによってメイドさんは仲間を増やすのだ。現在メイドさんが一般的に手に入るようになったのも、メイドさんに夜伽の機能が付いたところが大きく寄与している。  

メイドさんはこのように床上手に作られているから、やろうと思えば夜の仕事に就かせることができる。ああいった職業なら、戸籍が無くたって勤められる場所もあるはずだし、何といっても高収入だ。そんなわけでメイドさんにそういう仕事を薦めると「駄目です、私はご主人様としかエッチが出来ないようにプログラムされているんです。」と言ってくる。

「じゃあ、僕が金を払うから、やらせてもらおうか。」主人は生活費からメイドさんに金を払い二人はいつものようにまぐ合う。メイドさんはお金を貰えて上機嫌。

しかし、明日の食費はどうするって言うんだ?金は生活費から出してしまった、生活費を性活費にしてしまったんだよ。

生活費が無くなった為、メイドさんは自分の稼いだお金で買い物に行くことになる、事態は全く好転していない。むしろ悪くなってゆく、メイドさんが妊娠したのだ、これからは育児費用もかかってしまうのだ。全く、メイドさんというものは、とんだ金食い虫だ。

 

そして、街には主人に捨てられた野良のメイドさんがあふれ出す。一般に野良のメイドさんは野良犬や野良猫と同じように、基本的には保健所が捕獲、回収を行い新しい主人を探すのだが、あまりにも捕獲数が多いため、なかなか新しい主人も見つからない、主人が見つからないまま一定の期間が過ぎるとメイドさんも、犬や猫と同じように殺処分が行われる決まりになっている。

しかしながら、決まりがあるもののそれが実行された事は今までに一度も無いそうだ。その理由としてメイドさん保護団体のメイド教という、メイドさんを神聖視している宗教団体がメイドさんが処分される前に、団体名義でメイドさんの主人に成ってメイドさんを引き取るのである。

メイドさんの引き取りには一切の費用はかからない、これも保健所に保護されている犬や猫を引き取る時と同じだ。コスト面の問題は無いためメイド教は、メイドさんが処分される前に全員引き取る事が出来る。しかしながら、メイドさんをそのまま飼い続けるにはお金がかかりすぎる。だから彼等は引き取って助けたメイドさんをまた街に放してしまう。これでは単に死刑執行がのびただけだ。

このままでは根本的な解決にはならない。それは保健所も解っている。でも当の保健所は何も言わないのだ。無理は無い、誰だって死刑執行のボタンは押したくないのだ。メイドさんが人間でないことが頭では理解していても、人間は顔を知っている者を虐殺できるほど堅実には出来ていないし、ましては相手は可愛いメイドさんだ、死刑執行人の人権を盾に保健所も国からの改善要求を実質無視し続けている。

 

結局は保健所もメイド教団も、お互い良き理解者であり、同時に共犯者なのだ。

 

けれども国はそれを良しとしない。街にメイドさんが溢れかえる事で、街の治安が悪化する事を懸念しているのだ(実際のところ野良のメイドさん達が街を勝手に掃除してくれるため、街の美化は以前よりもハイペースで進んでいる)。現に若者たちが集団でメイドさんを強姦し性病が広がるというケースも何件か報告されているらしい。しかし、それはメイドさん達が悪いわけではない、悪いのは強姦犯達であって、彼等は自業自得だし、強姦された挙句に性病患いに成ってしまった、被害者であるメイドさんを根本的な原因として排除しようというのはいささか矛盾しているようにも思える。

けれども、大切なのは加害者である少年たちは人間で、メイドさんはあくまでも奴隷なのである。あまりにも大きすぎる立場の相違が法を混乱させるのだ。 

法は法の元でしか法を考える事が出来ない出来損ないのでくの坊だ。国はメイドさん達を非難し、街の正常化のため奴隷狩りという強攻策を打ち立てたのだ。

奴隷狩りの構成員は最初の頃は警察関係者と自衛隊員のみであったが、メイドさんあまりの数の多さに苦戦を強いられ、実行メンバーを一般市民からも公募し集めている。今では会社帰りのサラリーマンもさす股を持ってメイドさんを追いかけるという修羅場が夜の街に広がっている。メイド狩り.png



しかも最近ではメイド狩りによるメイドさんの行き過ぎた乱獲が問題に成っている。ただでさえ免許制も禁猟区や禁猟期間も請けられていない状態で、今や誰もがメイドを狩れる身分になってしまったのだから、狩られるメイドさんの方はたまったもんじゃない。

中にはまだ小さいメイドさんを狩るものも居るという。初経前のメイドさんは捕獲してもそのまま逃がす事、つまりキャッチアンドリリース(初経前のメイドさんは自己増殖の本能がまだ無いので性欲というものがそもそも存在しない、だから悪い病気を振りまいてしまう事もかなり少ないのだ)が昔から法律では定められていないものの、狩人たちの中では明確なルールとしてあった。

しかし近年のメイド狩りの奨励に後押しされ、今までメイド狩りに関わりの無かった人々までメイド狩りをするようになり、こういったメイドさんと狩人の間にあったルールは失われつつあるとのことだ。

どちらにせよ国としては公衆衛生の観点から主人の居ない、野良のメイドさんを街中で、のさばらせるわけには行かないというのがこの問題の根本なのである。

 

それにしても、捕まったメイドさんたちは一体全体何処に連れて行かれるのだろうか?僕には見当もつかないことだけれども、酷い目にあっていないかメイド好きとしては心配に成るし、憤りも覚える。

それに、この憤りを感じているのは、メイドさん保護活動をしているメイド教の連中も同じだ。メイド狩りが行われる事を察知すると彼等はその実行区域に集まりデモを行うが、相手が他の宗教団体だけならまだしも国では分が悪い。メイド教が宗教法人なら、その身分を保証している親玉はやはり国なのである。国はもはや人間が作り出したシステムではなく、人間の生殺与奪を握った人格に成長してしまったのだ。

 

金曜でもない平日の夜のカラオケルームは大体寂しいぐらいに空いているし料金も安い。学生の特権で僕等はカラオケに勤しむのだ。個室は昼でも夜でも、昼にも夜にも成るように設計されている。五十時間ぐらいここに軟禁されれば、新しい思想も思いつけるかもしれない。

「今日は何を歌う?」O君はしきりにリモコンのタッチパネルをいじくって歌いたい歌を探している。

  「新しい、レパートリーはないからな。」最近は忙しくてなかなか歌を覚える時間も無い。

  「最近はどの歌も同じようで二番煎じだからなぁ。ああ、眠いよぉ。」Y君の酔いはピークに達している。出かける前に一気飲みをさせたのがよくなかったらしい。

「再利用なんだ、リサイクルだよ。」使わなくなったものを使える部分だけ取り出して、また新しいものとして作り直してゆく。一説にはメイドさんも同じらしい。汚されて人から捨てられた紙が、リサイクル工場でまた再生紙として作り変えられて、再び社会に戻ってゆく。メイドさんも同じで汚されて捨てられたメイドさんは大きな大きなメイド工場に運ばれて、一度分解され使える部分をより集めて、新しいパーツを足されて新しいメイドさんとして作り変えられ、また出荷されてゆくという。

再生紙であっても新しいパルプを使った新品の紙のように白く品質のよいものを作ろうとすると沢山の薬品を使わなければ成らないのと同じで、メイドさんも作り変えられる時に沢山の薬が使われるらしい、最近のメイドさんがますます色情狂のようになってしまっているのはその薬の副作用だという噂もあって、そういうことが諸々合わせて都市伝説として、語り継がれているのだ。

 「よし、今日の一曲目はこれだ。君、この歌手好きでしょ、新曲だよ。」O君が僕に気を利かせて入れた曲。これはメイド系アーティストの代表的存在『パイオニア、エプロンドレサーズ』の新曲、『メイド賛歌』だ。イントロが成り始める。僕はマイクを握って立ち上がる。

 

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