七、トモダチ倶楽部の崩壊

 

『トモダチ倶楽部』

これは秘書から聞いた彼等の実態、そして彼の死に関する情況を纏めた事実をメモしたものだ。

 

東京の地下の某所にそれは確かに存在しました。決してそれはインターネット上の仲間集めサイトとかそういうものではありません。

彼等は大江戸線とか半蔵門線とかの酷く深い地中に位置するホームの片隅でよく会議を行っています。決して銀座線とか丸の内線のホームで行わないのは、彼等がそこまで牧歌的な性格の集団ではない事を象徴しているのでしょう。

 

まあ、前置きはこの辺にして、あなたには先日起こってしまった、このトモダチ倶楽部の崩壊についてお話しなければなりませんね。

 

まず、崩壊してしまったトモダチ倶楽部について。

 

もともとトモダチ倶楽部の活動の主旨と言うものは、皆さんが想像されるような仲の良いお友達同士が集まり、皆で同じ時間を共有する。という単純なものではではありません。確かに彼等一人一人は強い友情で結ばれていますし、たびたび会合を開くわけですから、そうともいえなくは無いのですが、それはこの倶楽部の本質とは言えません。

では一体、何がこの倶楽部とっての本質なのかと、問われれば、倶楽部の会員であれば全員口を揃えて「友達について議論」すること答えるでしょう。そうです、トモダチ倶楽部は単なるお友達同士の遊びではないのです、極めて文化的で崇高な団体です。しかも彼等は、単に議論するだけで活動を終えたりはしません。

議論で発見された、既存の友達の概念の中で間違いと思えるものは、ことごとく排除するために抗議活動なども行います。例えば地下鉄の中で男性一人、女性二人という団体を見かけると、彼等はすぐさま抗議活動を開始します。

 

まず、切り込み隊長のK氏がその団体に声をかけます。

「君たちの間柄は友達同士と考えてもいいのかね?」突然話しかけられた三人組は少し動揺しますが、三人のうち唯一の男性が「そうですけれども」と一応の返事。するとK氏は「それはおかしい話だ。例えば君、君の小学校では鶏を飼ってはいなかったかい、その鶏小屋には雄鶏が一羽、雌鳥が二羽、そしてヒヨコが一匹いる。これはおかしくはないかい?」と見ず知らずの男に疑問を投げかけられ、三人うち女性二人はさらに動揺し、残りの男性は目つきを変えて「それがなんだって言うんだ、もういいからかまわないでくれ。」

しかし、そんな抵抗にK氏はひるんだりなどしません「じゃあ、質問を変えよう。ファミレスの隣のボックス席に、男が一人、女が二人、そして子供が一人。これはおかしくはないかい?」

「いやいや馬鹿になんてしていないさ、しかし君はどうするつもりなんだい?君はどちらの女性と、繁殖するつもりなんだい?ちゃんと選ばないとおかしなことになってしまうし、もし選ばないために『友情』という関係性を『道具』として扱っているのなら、それは友情というものに対して失礼極まりない行為だ!」

「もうやめてよ!」と女性の一人が叫びます、「もう行きましょ。」ともう一人の女性も男の手を引き、男が「この、変態野郎が!」とK氏に罵声を浴びせかけ去って行きます。

しかし、そんな心無い言葉にもK氏は傷ついたりしません、いえK氏だけではなくトモダチ倶楽部の全員がそういった強い意志を持ってこの東京の地下における友達関係の正常化、また質の向上化に勤めているのです。

その点を見ても、彼等トモダチ倶楽部は単なる自己満足に終始する、学会などの団体とは一線を画し、真に社会に対しても有益な団体といえたでしょう。

 

DSC00300.JPGしかし、どんなに優良な団体であっても終わりは訪れます。物事の終わりというものは、その終わる対象が強大であればあるほど、つまらないものがきっかけとなりそれが始まるものです。

例えば、東西冷戦にしたところで、その終結の始まりはベルリンの壁に放られた一本のトンカチですし、フランス王朝の終焉も王妃の浪費が引き金を引き、大哲学者のニーチェの狂死のきっかけを作ったのも、惨めな馬車馬一匹だったように……。

そして、それらの大きな出来事とトモダチ倶楽部の崩壊を同程度の問題と考えるわけではありませんが、トモダチ倶楽部にとって、そのつまらないきっかけというものは、なんと一匹のオウムだったのです。

 

ある日の事です、トモダチ倶楽部の代表を務めていらっしゃるH氏(私にとっては会社の直属の上司でもあります)の提案で、彼等は大江戸線飯田橋駅のホームと出口に通ずる通路の一部を間借りして何時ものように集会を開く事になりました。飯田橋という街は、たまたまメンバーの中でも最年少であり、H氏の格別の寵愛を受け入会したM氏が暮らしている神楽坂に程近く、そのため彼は集会にペットのオウムを鳥篭に入れたまま連れてきて、他のメンバーたちの前に掲げ見せびらかしました。

其処までであれば何の脅威も、あの動物は孕む事は無かったでしょう。しかし彼はこう続けます。

「このオウムこそ、我々トモダチ倶楽部のマスコットにしようと僕が調教したオウムなのです、どうぞその素晴らしい言葉をお聞きください!」そうM氏が宣言するやなやオウムは待ちきれなかったとばかりに歌いだします。

「コンニチハ、トモダチ、トモダチ、ワタシノ、トモダチ、コンニチハ、トモダチ、トモダチ、トモダチ、ワタシノ、トモダチ」と、オウムは歌い続け、M氏も実に誇らしげな表情でオウムの歌に聞き入り目を瞑って相槌を打ちます。地下の通路内はオウムの声だけが響き、これが永遠に続いてゆくのではと、そこに居た部員達の誰もが思いました。

 しかしここは駅構内です、ホームに両国方面行きの電車が着くと、その歌も直ぐに雑踏に消し去られます。何とか呪縛から開放されると今まで息を潜めていたメンバー達の中でも、最も血気盛んなK氏が最初に口を開きました。

 「ふん、オウムに友情を語らせるだなんて……お前は今までの我々の議論の内容が全く理解できていないんじゃないか?」思いもしない批判にオウムの声に聞き入っていたM氏は、その穏やかであった表情を急変させ、憤った様子で反論します「バカ言わないでください、友情というものが解ってないのはあなたの方じゃないですか!このオウムは僕等に友達として挨拶しているんですよ、友達として挨拶してくる相手が友達じゃないなんて、そんなことあってたまるか!」

 これに対してK氏もさらに感情を高ぶられながら返します「馬鹿いっちゃいけない、友達というのは、挨拶とか、言葉だけで成り立つものじゃないんだよ、大切なのは『心』さ友情の有無だ。だから無口な人間同士でも友情は成り立つのだ。」

 こうなると、議論はもはや単なる言いあいになりヒートアップしてゆきます。

 「馬鹿言ってるのはあなたの方ですよ、態度に表さなきゃ、友情があるかどうかなんて解らないじゃないか!」M氏は今にも泣き出しそうなほど興奮していました。そしてそんな彼に対して子供をあやす様な態度でK氏は「ほほう、態度で全て決まるのなら、もし相手が敵意を持っていても、自分に対して友達としての態度をとるのなら友達となるだろう、これはおかしな話だ。」

 二人の言い争いは、どんどん熱を増してゆきます、この状態を見かねて、普段は殆ど議論にも口を出さず進行役に努めている、リーダーのH氏も二人の中に割って入ります。「おいおい二人とも、もうこの辺にしておきなさい、議論をすることは結構だが議論には議論のルールというものがあるのだよ。K君、M君は才能には恵まれているがまだまだ若い、そんな風に頭ごなしに否定するのはやめなさい。」彼の仲裁でK氏は頭に血が上っていた事を反省しますが、いかんせんまだまだ若いM氏にはそんなH氏の言葉は届きません、

「全部態度なんだよ、どんなに自分に悪意を持っている相手だって困っているときに助けてくれるのが友達さ、我々は友情についての議論がしたくて来てるんじゃない、友達についての議論がしたくて来てるんだ。それに友情だって同じことさ、友情が相手に在るか無いかなんて結局は相手の態度から推し量ってるだけじゃないか、だから人はどんなものにでも愛着を持てるのさ、たとえ人じゃなくてもね。それにこのオウムはあなたと違って少なくとも僕に敵意は持っていないでしょう。」

 

K氏の何とか落ち着かせようとしていた闘士が再び煮えくり返ったのか、彼の顔は真っ赤に膨らみました「お前は、人間の感情の中でも最も崇高な友情を愚弄するつもりか!」と、再び頭に血の上ったK氏は、ついにM氏に手を上げてしまいます。頬を殴られ倒れたM氏の胸に今まで大切に抱えられていた鳥篭は、その衝撃で彼の手から離れると、放物線を描いて宙を舞った後に通路に叩きつけられました。

「コンニチハ、トモダチ、トモダチ、ワタシノ、トモダチ、コンニチハ、トモダチ、トモダチ、トモダチ、ワタシノ、トモダチ」着地の衝撃で鳥篭の扉が開いてしまったのでしょう、オウムは鳥かごから脱出し、狭く人で溢れた通路の中を飛びながら歌い続けます。

 

その光景はとても不思議な説得力がありました。当時トモダチ倶楽部に所属していた私も含め他のメンバーもそれを感じたらしく、その場に居たたまれなくなり一人また一人とその場を離れて行きました。

私は一度地上に出て、少々遠回りに成り乗り換えもありますが地下に居続ける気がしなかったので、JR線で帰ることにしました。空中に立てられたホームで三分間電車を待つと黄色い帯の中央線が到着し、私はそ知らぬ顔で電車に乗り込みます。

そして少しほっとして窓際に立った次の瞬間でした、私が電車の窓から、地下道の入り口よりオウムが一匹飛びたっていく光景を目にしたのは。

それから間もなくM氏がそれを追って飛び出します「ああ、危ない。」私が呟くと同時にオウムが飛び去った方向に位置するトラックが絶え間なく走っている車道にM氏は侵入、轢かれると思った矢先に電車は動き出し、彼とオウムとトラックの群れは私の視界から消えていました。

だから、M氏が亡くなったのを知ったのは、中央線から乗り換えた山手線の車内に流れる電光掲示板のニュース速報での事でした。

私は気分が悪くなり、途中で電車を降りました。時刻は既に夕方に近く、気分を治すため何処かで洋酒でも飲もうと思い改札を出ました。

オオム.png余談かもしれませんが、それ以来トモダチ倶楽部の会合は二度と行われず今に至っています。私としては上司との付き合い上参加していたという経緯がありますが、それでも無くなるには惜しい集団であったと今は思っております。

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